こんにちは、チビ子です。
今日は「はじまり」の続き、プロローグの2話です。
新型コロナウィルス感染症による肺炎の病状が回復しはじめ、情報収集を開始しました。
コロナ回復へ
母・姉との関係の異常さに気づいた後も、しばらく肺炎で苦しんでいたが、電話診療していただいたのが幸運にも、コロナ治療の経験豊富な呼吸器科のお医者様で、すこしずつ病状も回復していく。
お粥が少しすすれるようにまで回復し、スマホを見たり読んだりできるようになったところで、情報収集を開始する。
この時点では母にはまだ本心は何も告げておらず、体調を言い訳に連絡を避けている状態だった。
自分に何が起こっているのか
「毒親」という言葉をずっと避けていた。
- うちは違う。
- そこまでひどくない。
- 両親ともまじめなだった。
- 優しかった。
- ちゃんと育ててくれた。
- 迷惑もかけられていない。
「毒親」という言葉を見たり聞いたりすると、胸がざわざわしたが、目をそらし続けていた。
でも今回は目をそらさずに現実と向き合いたい、直視したい、自分の意識の深いところにある真実を太陽の下にひろげてデトックスしたい、ずっと抱えてきた苦しみを破壊したい。
そういう気持ちが本当の意味で、初めて芽生えたのだと思う。
しかし「毒親」「毒母」というキーワードはどうしても認められない。
そんな悪い母親じゃない。まだ「毒親」と定義づけたくない。
とりあえず「母娘」「関係」「問題」などのキーワードで、カウンセラーの記事やブロガーの体験談などを検索するが、やはり最終的には「毒親」という言葉が現れることが多い。
そしてそこに登場する母親はやはり自分の母親とは違い、本当に強い毒を放っている母親たちだった。
共感できる部分もあるとはいえ、自分にしっくりと重なることはなかった。
そこで見つけたのが「母という病」という本だった。
内容説明に「毒親」や「虐待」「過干渉」などの具体的で強めのワードがなかったのと、何よりタイトルに惹かれた。
母という病を患うのは、母親本人?私自身なのか?それとも二人の関係そのものが病んでいるのか?
私は中学のころ、自分をマザコンではないか?と悩んだことがあったことを思い出した。
まずそこを探りたいと思ったのだ。
読書は昔から苦手なんだけど、知識を得るだけではなく精神的にも脳にも多くのメリットがあるのはわかっていたため、普通に読書ができる人なりたいという希望もあった。
ネットで調べるよりは、長い療養期間の過ごし方としては健全な気もして、コロナ感染症の隔離期間の最終日、本を注文してみた。
本との幸運な出会い
隔離解除日の朝、感染前まで毎朝散歩がてらお参りしていた近所の氏神様にお礼参りをする。
良い天気。
まだ体力も筋力も戻っておらず、ゆっくりとヨチヨチ歩きしかできないが、久しぶりに履いたスニーカーで地面を歩く感触と、外の空気を吸ってとても気持ちがよい。
神社の木々を見つめて、命が助かった感謝でいっぱいだった。
そして、辛い療養だったとはいえ、自分の人生にとって最大の気づきがあったことを心から感謝した。これからこの問題と向き合うに当たり、無事に正しい道に進んでいけるよう、お願いする。
帰りにポストを確認すると注文した本が届いていた。
朝食をとってから本を開け、最後のページ(奥付)の初版時期などを確認してから目次にひととおり目を通し、ページをめくりはじめる。
目次から前書きまで読んでもあまりピンとこなかった。
やはり私とは関係のない話なのかな?と思いながらゆっくりと読み進むと、本編始まって少ししたところで突然自分と合致する文章が入ってきた。
扉が開く
愛されないことは、愛情飢餓を生むだけではない。困ったことやピンチに遭遇したときに、助を求めて甘えるということを難しくする
岡田 尊司 / 母という病
こんな些細なことさえ私は自覚できていなかったのだ。閉じていた胸がガバっと開いたような感覚だった。
そこからはもうページをめくるたびに自分との共通点を次々に見いだしていく。
共感部分にマーカーを引いて付箋をはっていったら、付箋1冊では足らなくなってしまった。

2日ほどかけて考えたり思い出したりしながらじっくりと読み進み、それは少し過酷で胸がズキズキする作業だったけど、読了するころには今まではまだ疑惑程度だった自分の母親と家庭の異常さや、自分の問題の原因を確信するようになった。
この後、同著者の同シリーズを次々に読み、さらに理解を強めていった。
ある種のアイデンティティが壊れていくのだが、ベルリンの壁をぶっ壊しているようなすがすがしさがある。
壊さなければならない、手術をするには開腹しなければならない、血を流すことも、痛みも、まったく怖くなかった。
原因不明だった病が何なのかやっとわかり、治療できるかもしれないのだ。
治す過程を実感できる痛みや涙にも喜びと興奮を感じた。
作業に集中するために、ある程度解明できるまでは母親との接触を避けようと思った。
どのくらいの時間がかかるのかわからないけど、絶対にうやむやにしたくない。
せっかく、ようやく、みつけた答えのかけらを、絶対に見失わないように。
残りの人生を使って、できるだけ多くのピースを集め、自分を形成しなおしたい。
とても遠回りしていたが、死ぬまでにこのチャンスを与えられて本当に良かったのではないか。
次はプロローグの最終章、母親と決別します。
書籍についてはまた機会があれば詳しく書こうと思います。
つたない文章を最後までお読みくださりありがとうございました!



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